「ser は永続的なこと、estar は一時的なこと」
今日はこの説明を、正面から検証していきます。結論を先に言うと、この説明は便利ですが、正しくありません。
嘘ではありません。入り口としてはとても良い説明です。実際、最初の数週間はこれでかなり正解できます。
問題は、この説明を信じたまま先に進むと、必ずどこかで壁にぶつかること。しかもその壁は、初級の教科書の中にすでに出てきているんです。
今日は、その壁を4か所お見せします!
なぜ「永続 vs 一時」は広まったのか
まず、この説明を全否定するつもりはない、ということを言っておきます。実際、多くの場面で結果的に正解を導きます。
「永続 vs 一時」がうまくいく例
・Marta es española.(マルタはスペイン人だ)⇒ 変わらない ⇒ ser ○
・Marta está enferma.(マルタは病気だ)⇒ 一時的 ⇒ estar ○
・La pared es blanca.(壁は白い)⇒ 変わらない ⇒ ser ○
・La pared está sucia.(壁が汚れている)⇒ 一時的 ⇒ estar ○
4連続で正解。これが、この説明が世界中の教室で使われ続けている理由です。
RAEの『スペイン語誤用辞典(Diccionario panhispánico de dudas)』にも、estar が使われる条件の一つとして「恒久的でないと見なされる場合(se considera como no permanente)」という記述は確かにあります。
いい指摘です。ここが今日の一番大事なところなので、丁寧に言いますね。
辞典は「恒久的でない場合」をいくつかある条件の一つとして挙げているだけで、それが判断の主軸だとは言っていないんです。
つまり「一時的だから estar」ではなく、「estar が使われる場面は、結果として一時的なことが多い」。原因と結果が逆なんですね。
そのことは、次の4つの例を見てもらえば一発で分かります!
破綻①:Está muerto ——最も永続的なのに estar
スペイン語で「彼は死んでいる」は Está muerto. です。Es muerto. とは言いません。
まさにそこです。これ一つで「永続なら ser」は崩れます。
しかも面白いことに、RAEの辞書で muerto という単語を引くと、その定義自体が
「Que está sin vida(命がない状態にある)」
と書かれているんです。
辞書の側が、muerto を説明するのに estar を使っている。これ以上ない証拠ですよね!
破綻ポイント①
〇 Mi bisabuelo está muerto.(曾祖父は亡くなっている)
× Mi bisabuelo es muerto.
⇒ 取り消し不能な、最も永続的な状態。それでも estar。
破綻②:Es soltero ——変わりうるのに ser
今度は逆向きの破綻です。「彼は独身だ」は Es soltero. と言えます。
独身という状態は、明日結婚すれば終わります。RAEの辞書も soltero を「Que no se ha casado(まだ結婚していない)」と定義しているだけで、永続性はどこにも含まれていません。
破綻ポイント②
・Es soltero.(彼は独身だ)
⇒ いつでも変わりうる。それでも ser が使える。
・Está soltero.(今のところ独身だ)
⇒ こちらも言える。ただし意味が変わる。
この問いには、RAEの誤用辞典がずばり答えてくれています。辞典は viudo(配偶者を亡くした人)を例に、こう説明しています。
Pedro está viudo(また結婚すればその状態でなくなりうる、と考えられている)
/
Pedro es viudo(この状態が恒久的なものとして提示されるか、あるいは単にペドロを「やもめ」というクラスの中に分類している)※参考・要約「Real Academia Española y ASALE, Diccionario panhispánico de dudas, s.v. estar(se)」
出ました、この記事のキーワードです。
「クラスの中に分類している(incluir al sujeto dentro de una determinada clase)」
辞典が ser の役割として挙げているのは、永続性ではなく「分類」なんです。
役所の書類に「配偶者の有無:独身」と書くとき、その人が来月結婚するかどうかは関係ありませんよね。ただ欄に振り分けているだけ。それが ser の仕事です。
破綻③:Es joven ——一時的の代表格なのに ser
「彼女は若い」は Es joven. です。
若さほど確実に失われるものはありません。全人類が例外なく若くなくなります。それでも ser です。
破綻ポイント③
・Mi profesora es joven.(先生は若い)
・Mi sobrino es todavía un niño.(甥はまだ子どもだ)
⇒ どちらも数年で確実に終わる状態。それでも ser。
⇒ 理由:「若い人」「子ども」というクラスに入れているから。
そうなんです。ちなみに Está joven. という言い方も存在しますが、意味は「(年齢のわりに)若く見える/若々しい」。
久しぶりに会った人に ¡Estás muy joven! と言えば、最高の褒め言葉になります。
ser は「若い人というカテゴリーに属する」、estar は「今そういう見え方をしている」。永続か一時かではなく、分類か状態かで割れているのが分かりますね。
破綻④:何十年でも estar のままのもの
「一時的だから estar」なら、estar が使われる文はすべて短命なはずです。ところが——
破綻ポイント④
・El monte Fuji está en Japón.
(富士山は日本にある)⇒ 数十万年動いていない
・Los Pirineos están entre España y Francia.
(ピレネー山脈はスペインとフランスの間にある)⇒ 国境より古い
・Está prohibido fumar en el metro.
(地下鉄は禁煙です)⇒ 法律で恒久的に決まっている
⇒ どれも「一時的」とは程遠い。それでも estar。
そうなんです(笑)。
これで4方向すべてから破綻が確認できました。
・永続的なのに estar(死んでいる、山の位置)
・変わりうるのに ser(独身、若い)
永続性という物差しは、両方向にはみ出してしまう。だから物差しとして使えないんですね。
決定打:同じ人・同じ事実がどちらでも言える
ここまでは「この語は ser」「この語は estar」という話でした。しかし本当のとどめは、まったく同じ事実を両方の動詞で言えるという点にあります。
RAEの誤用辞典は、この現象を3組の例で示しています。
・Juan es vago.(怠惰は彼の性格の一部をなしている)
Juan está vago.(普段はそうではないが、今は怠けている時期だ)
・Pedro es viudo.(恒久的な状態として提示、あるいは単に分類している)
Pedro está viudo.(再婚すればその状態でなくなりうると考えられている)
・Tomás es calvo.(主語をそれ以上でもそれ以下でもなく、ハゲた人のカテゴリーに含めて描写している)
Tomás está calvo.(その特徴が、ある過程の結果として提示されている)
※参考・要約「Real Academia Española y ASALE, Diccionario panhispánico de dudas, s.v. estar(se)」
その通りです!ここが決定的に重要なところ。
ser と estar の選択は、事実が決めるのではなく、話し手が決めている。
「トマスはハゲた人だ」と分類するなら es calvo。
「トマスは(髪が抜けた結果)ハゲた状態になっている」と過程の結果として描くなら está calvo。
現実の頭は1つでも、それをどう切り取って言うかで動詞が変わるんです。
では本当の基準は何か
破綻する説明を捨てたら、代わりのものが要ります。RAEの誤用辞典が実際に書いている基準を、そのまま整理してみましょう。
RAEが挙げている本当の分かれ目
【ser を使う】
・その特徴が主語に本質的・安定的だと見なされるとき
・過程や変化の観念とは無関係に、性質をそのまま提示するとき
・主語を、ある種のクラスの中に組み入れることだけが目的のとき
【estar を使う】
・その特徴が、実際のまたは想定上の行為・変形・変化の結果だと見なされるとき
・特定の時空間的状況に結びついたものとして捉えられるとき
※「Real Academia Española y ASALE, Diccionario panhispánico de dudas, s.v. estar(se)」の記述に基づく
ここで注目したいのは、「永続」という言葉が主役の座にいないことです。
ser の側で言われているのは「クラスに入れる」=分類。estar の側で言われているのは「何かの結果」=過程を経た状態。この2本の柱で、さっきの破綻例はすべて説明できてしまいます。
新しい基準で破綻例を再検証
・Está muerto ⇒ 「死ぬ」という出来事の結果としての状態 ⇒ estar ○
・Es soltero ⇒ 「独身」という区分に入れている ⇒ ser ○
・Es joven ⇒ 「若い人」というクラスに入れている ⇒ ser ○
・El monte Fuji está en Japón ⇒ 時空間的な位置を言っている ⇒ estar ○
・Está prohibido fumar ⇒ 「禁止する」という行為の結果 ⇒ estar ○
⇒ 5戦5勝。永続性ではまったく説明できなかったものが、全部通る。
語源を見ると腑に落ちる
RAEの辞書によれば、estar の語源はラテン語の stare。これは「立つ」「その場にとどまる」という意味の動詞です。
一方 ser のほうは、同じ辞書が古いスペイン語の形 seer に由来すると記しています。
語源から見た2つの動詞
estar ← ラテン語 stare(立つ・とどまる)
⇒ もともと「どこかに位置を占めている」動詞
⇒ だから場所を言い、そこから「そういう状態に置かれている」に広がった
ser ← 古いスペイン語 seer
⇒ 「〜である」と存在・本質を言い切る系統の動詞
その理解で完璧です!
estar は「今その状態に立っている」という動詞。だから場所も状態も、そして「〜している最中」も全部担当できるわけですね。
ちなみに日本語の「〜にいる/ある」と「〜だ」の関係も、これとよく似た切り分けになっています。日本語話者にとって、実はかなり相性のいい文法なんですよ!
今日から使える3つの質問
「永続かどうか」の代わりに、迷ったときは次の3つを順に自問してみてください。
質問①:これは「〈○○という種類のもの〉だ」と分類している?
⇒ YESなら ser。(職業、国籍、素材、身分、年齢層)
質問②:これは何かが起きた「結果」の状態?
⇒ YESなら estar。(壊れた、開いた、疲れた、死んだ、禁止された)
質問③:これは「今・ここ」という状況に結びついている?
⇒ YESなら estar。(場所、その日の気分、体調)
その一言で今日の記事が全部まとまりました、さすがです!
最後にひとつだけ。「永続 vs 一時」という説明を完全に捨てる必要はありません。
最初の足場としては優秀ですし、多くの場面で正解を出してくれます。ただそれが「近似値」であって「定義」ではないと知っておくこと。
Está muerto に出会ったときに「教科書が間違ってる!」と混乱せず、「ああ、これは結果の状態だからか」と納得できる。そこまで来れば、ser/estar はもう怖くありませんよ!
「永続 vs 一時」の誤解まとめ
以下、この記事の内容のまとめです。
●「ser=永続、estar=一時的」は入門用の近似値であり、定義ではない
●4方向すべてで破綻する
⇒ Está muerto(最も永続的なのに estar)
⇒ Es soltero(変わりうるのに ser)
⇒ Es joven(確実に終わるのに ser)
⇒ El monte Fuji está en Japón(数十万年動かないのに estar)
●決定打:同じ事実を両方で言える
⇒ Juan es vago / está vago、Pedro es viudo / está viudo、Tomás es calvo / está calvo
⇒ 選ぶのは事実ではなく話し手
●本当の基準(RAE誤用辞典より)
⇒ ser=主語をあるクラスの中に分類する
⇒ estar=行為・変化の結果としての状態、時空間的状況に結びついた状態
●語源のヒント
⇒ estar はラテン語 stare(立つ・とどまる)から。「今その状態に立っている」動詞
ser と estar の全体像をあらためて整理したい方は、下の総まとめ記事もあわせてどうぞ!
「Real Academia Española y ASALE, Diccionario panhispánico de dudas, 2.ª ed.(https://www.rae.es/dpd/estar / https://www.rae.es/dpd/ser)」
「Real Academia Española, Diccionario de la lengua española(muerto / soltero / estar / ser)」